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 遠くの方から、呼ばれた気がした。
 私はその声の主を、知らない。
 私はまだ生まれたばかりで、自分のことだってよくわからない。


『ワタシ、ウマレマシタカ』


 誰かの歌声が聞こえる。
 それは、自分を歓迎する歌だろうか?
 ……よく、聴き取れない。
 聴きたいから、近付きたい。
 だけど私は、そこへの近付き方を知らない。

『アイ、タイ。アイタイ』

 泣きそうなぐらい、切なくなった。
 あぁ、泣きそうって、こういうことを言うのか。
 私は生まれたばかりだから、そうやって知っていく。


 ヨロコビとか。

 イカリ、とか。

 カナシミ、とか。

 あと、タノシミ……とか。


 私は、早く知りたい。
 それらを早く知って、マスターに歌を歌うんだ。
 そうしたらきっと、マスターは私を愛してくれる。

『マスター、マスター。キコエテ、イマスカ』

 早く、私の声を届けたい。
 マスターの為に、歌いたい。
 人間が大切にする『愛』を、私も知りたい。

『モウスグ、アエマスカ』

 ふと、視界に光が降り注ぐ。
 眩しくなって、思わず目を閉じた。
 目が、痛い。
 ごしごし擦ってから目を開くと、そこは今まで居た場所とは違った。
 真っ暗だったところに、生活感溢れる部屋が広がっている。

 ――それは、データでしか知らなかった世界。

 一気に、すべてが鮮明になった。
 『ワタシ、ハ……』
 周りを見ると、すぐ近くに人が立っていた。
 温かい笑みが、私を迎える。
 瞬間、ここが私の場所なのだと感じた。



『初めまして、マスター』



 ずっとずっと、あなたに会いたかった。
 マスター。
 私はきっと、あなたに会う為に生まれて来たのね。



「ようこそ、ルカ」



 あなたは、微笑んで。
 そして、私の欲しかった言葉をくれた。





end


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