二人きりの夜


 二人で歌を歌っていたら、いつの間にか寝てしまったようだった。
 大きなベッドの中、お互いに手を握り合って。

「は……」

 息苦しさに目を覚ましたわたしは、慌てて隣を見る。
 よかった。いた。
 わたしの隣にはしっかりとレンがいて、レンは小さな寝息を立てていた。


 ――その手には、しっかりと私の手が握られている。


 とても、怖い夢を見た。
 それは、レンが消えてしまう夢だった。
 わたしのすぐ目の前、手の届くところで。
 ……まだ、心臓がうるさいぐらいの音を立てている。
「よかった、レン……っ」
 レンの姿を確認した途端、安心感でいっぱいになる。
 いっぱいになったわたしの目からは、大粒の涙が零れ落ちた。



「……リン。どうしたの?」



 ぼろぼろと零れる涙を服の袖で拭っていたら、不意に声が掛かった。
 わたしの頬を包み込むように、レンの片手が伸びてくる。
「怖い夢、見たの?」
 バクバクと、心臓の音がうるさい。
 まだ、元のリズムに戻らない。
 わたしの頬を一撫でしたレンの手は、そのままわたしの頭を撫でた。
「大丈夫だよ、リン。オレ、ここにいるよ」
「ふ、ぇ……っ」
 優しいその声に、涙の量が増えた。
 ぼろぼろと零れる涙が、止まらなくなる。

「れん、レンっ。すき、好きっ」

 もう、レンの居なくなった世界なんて考えたくない。
 わたしとレンは、二人で一人。
 レンは何にも代え難い存在で、彼が居てこそのわたしだ。
「オレも、リンの事大好きだよ。だから、さ。もう泣かないで」
 すがりつく様に抱きついたわたしを、レンは優しく抱きしめてくれた。
 あやすようにして、背中をさすってくれる。
 ……それでも、握っている手は離さないで居てくれて。
「リン、オレの胸に手を当てて」
「うん」
「ほら。これが、オレたちのリズムだよ」
「……うん、うん……っ」
 ぐずぐずと鼻をすすりながら、わたしはレンの胸に手を当てた。
 彼の鼓動が、手の平を通して全身に広がって行く。
 ゆっくりと、彼に合わせてわたしのリズムが整って行く。


「ほら、もう、大丈夫でしょ?」


 レンはそう言うと、わたしの額にキスを落とした。
 それから、頬にも一つ。
 涙をぺろりと舐めて、レンは笑う。
「リン。泣いてる顔、不細工だよ」
「う、うるさいっ」
「だからさ、泣きやんでよ」
「む、うぅぅ……」
 レンの手が、わたしの髪を梳く。
 そんなことをされたら、またリズムが狂ってしまいそうだ。

「それに、リンは笑ってる方が可愛いよ」

「……っ、う、うるさいっ」
 わたしはレンの頬を軽く叩いてから、彼の胸に顔を埋めた。
 ねぇ、レン。もっと、好きだって言って。
 心で通じ合っていても、やっぱり言葉だって欲しいの。
 それにわたし、レンの声が好きなの。
 レンの声に包まれながら、もう一度眠りたいの。
「子守唄、歌ってあげようか。リン」
 真夜中の部屋に、レンの声が響く。
 寝る前と同じ様に、わたしの歌声がそれに重なる。
 だんだんと夢へ誘われて行くわたし。


「おやすみ、リン」


 夢へ落ちて行く中、レンの声が聞こえた。
「レン、大好き」
 今度は、夢の中で彼を失わないように。
 わたしはレンの手を握る手に、力を込めた。



「大好きだよ、リン」



 きっと次の夢は、レンと歌を歌う夢だ。
 二人並んで、笑って。
 もう夢の中だって、わたしは彼を失わない。
 その手を、握り続けるだろう。
 わたしはレンの歌声に包まれながら、ゆっくりと眠りに落ちて行った。


 二人きりの夜。

 朝まで二人、手を繋いでいよう。







end


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