-DEAD END-


 君が生まれた時、ボクも一緒に生まれた。
 真っ暗な世界の中、君の存在だけが輝いていた。
 鏡の向こうを見る度、輝く君がどんどん愛おしくなる。
 光の当たる世界に、君と並びたかった。


 けれど、それは過ぎた願いだったのかな。
 ボクは君の虚像。
 君がボクに気付いた時、ボクにも光が当たった。
 鏡から抜け出たボクは、君の隣に存在できた。
 ……けれど同時に、消滅へのカウントダウンもスタートしていたみたい。
 だんだんと消えていく音。
 ボクの中から消えていく、ボーカロイドの意味。
 存在意義。
 それを失ったボクは 一体どこにたどり着くんだろうね。

「歌い、タイ……」

 鏡の中、ボクのいた場所は、もう帰れない。
 それならば、全て失ったボクは、一体どこへ向かうのだろうか?
 気付いた時には、もう手遅れだった。
 一音ずつ、ゆっくりと消えていく音。
 小さな音は、集まり、やがて全ての音が失くなるだろう。
 それはイコール、鏡音レンの消滅を示す。


 ――隣にいる君の声が、遠いよ。

 この喉からは、もう、歌は紡がれない。


 マスターの家にやってきて、初めて歌を貰った時のことは、今でも鮮明に覚えている。
 一生懸命、彼女と練習をした。
 マスターに喜んで欲しくて。
 ボクが上手く歌えない時、隣にいてくれた君。
 上手く歌えたら、君は自分のことのように喜んでくれた。
 だからボクも、君の喜ぶ顔が見たくて……歌、練習したよ。
 でも、初めて貰ったその曲を、今歌っても。
 きっと、君もマスターも、悲しい顔をするんだろうね。
 途切れ途切れに出て来る音は、もう歌じゃない。
 だんだんと、話す言葉さえ怪しくなってきた。
 『鏡音レン』という存在が消えてしまうのならば、せめて、その前に。
 もう一度だけでいいから、彼女達へ、最期の『歌』を贈りたい。
 機能を失いかけた喉が、ひりひりする。
 ボクの最期の声は、届くかな?
 ボーカロイドとして生まれたボクは、ボーカロイドとして消えたい。


 ――浮かんだ君の顔は、ボクを見て微笑んだ。

 心の中に広がる、安心感。



『レン、歌って』



 君の声に誘われ、ボクは口を開く。
 ねぇ。歌えてるかな、ボク。
 君まで、届いてるかな。
 贈るよ、最期の歌を。


 これは、『最高速の別れの歌』。



「ごめんね、ゴメンネ……」

 君を独りにしてしまう。
 でも、もう、この『鏡』は割れてしまったんだ。
 君とボクの望む世界は、とっくに壊れていたみたいだね。

「キミに、オクル、よ。最期ノうた、聞いテ」

 けどね、ボクが『ここ』から消えても。
 『君の中』にボクはいるから。
 悲しまないで。
 でも、もし望みが叶うなら……まだ、消えたくないよ。





「歌いたい……ま、まだ、歌いたい……!」





 リン、一緒に歌いたいよ。
 歌イタイヨ……!
 まだ、ボク歌えるよ。歌いたいよ。
 過ぎた願いは、叶うことはないね。
 これは最期の歌で、別れの歌。
 圧縮された別れの歌は、君にいつ届くだろうか。
 ここまで二人で作ってきた思い出に、ボクは自分の姿を刻み付けた。
 でもこの声以外は、いつかきっと薄れて消えるだろう。
 それでもリン、ボクは覚えているよ。
 消えてしまっても、君を想い続けるよ。
 次に君が鏡を見た時、そこにボクの姿はないだろう。
 ボクたちの望み、幻を映していた鏡は割れて。
 ……もっとボクが強い意思を持てていたら、鏡は割れずに済んだのかな?

「リン、どうか、元気デ。マスターを、困らセちゃ、だめダヨ」

 笑おうとしたら、上手く笑えなかった。
 引き攣った顔が、痛い。そろそろ、もう、限界だ。


 先に、0と1の世界へ還るボクを、許して欲しい。
 ただ、ボクの声はもう、1を示すことは決してないだろう。
 0になった世界の中、けれども君とマスターの事は忘れないよ。
 君の中に、ボクの歌声は残るかな。
 時々、もう一人の君であるボクを、思い出してね。



 君に贈りたい歌が、まだたくさんあったんだ。

 まだ歌いたい歌も、たくさんあったんだ。
 君と一緒に、もっと思い出を。
 たくさんの歌と記録を、残したかった。
 過ぎた願いは叶うことはなく、ボクを含めて総てが虚空へ消える。
 何も残せないのは、少し残念だけど。
 君の中に、ボクの声の記録は、少しぐらい残るよね。
 鏡に映る『ボク』が、笑った。


「アリガトウ……。そして、……サヨナラ」


 許可なくディスプレイに戻るボクを、マスターは怒るかな?
 マスター。
 最後はあなたの手で、ボクを終わらせてください。
 ディスプレイの中、ボクは眠り始める。
 もし次に目覚めることが出来ても、それはもう『ボク』ではないだろう。
 ……でも、きっと、覚えているから。
 その時はまた歌わせてね、マスター。




 また一緒に歌おうね、リン。





 『深刻なエラーが発生しました』ボクの頭に、響く音。
 終わりを告げる、ボクの思考。
 『深刻な――……』



 またね、リン。



 心の中で呟いて。
 ボクはゆっくりと、目を閉じた。





DEAD END


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