二人を繋ぐ紙飛行機 -囚人- (前編)




 ある時、柵の向こうから。
 一人の少女が、こちらを見つめているのに気付いた。
 気付いた時から、僕の世界は。
 彼女の色に、染まった。


 わかっていながら止められなかった僕は、囚人。
 きっともう、先は長くないだろう。
 いつか刑が執行されて、そこで僕の人生は終わる。
 モノクロの世界には疲れたし、それでいいと思っていた。
 ……それなのに。
 それなのに、彼女は僕の前に現れて。
 そして、白黒世界に鮮やかな色を付けて行った。

「君は、誰。ここにはいない方がいいよ」

 汚れのない真っ白なワンピースに、桃色のショール。
 大きな帽子と小さな靴も真っ白だ。
 輝く金色の髪が、帽子の下から覗いている。
 一見しただけで、裕福な家庭に生まれた少女なのだろうと思った。
 僕の問いに、彼女は答えない。
 こんな僕とは、話をする価値もないということだろうか。
 ……帽子で顔が隠れているせいで、表情はわからない。

「ここは、君みたいな女の子が来る所じゃないよ」

 続けて言っても、少女は返事をしない。
 白い手が、肩にかかったショールを軽く掴んでいる。
 不意に、少女が顔を上げた。


 視線が、絡み合う。


 一つ、心臓が跳ねた。
 とても可愛いと思った。
 思わず見入る僕に、彼女が微笑む。
 まるで、花のようだ。
 そう。草原に咲く、一輪の美しい花。
「君は……」
 僕は、何を言おうとしたのだろうか。
 ただその言葉は、最後まで紡がれなかった。
 小さく手を振り、彼女は去って行く。
 しばらく彼女の去った方を眺めていた僕は、唐突に我に返らされた。
 重い音と共に、頭に鈍い痛みが広がって行く。
「ぅ……っ」
 柵に掴まり、倒れかける体を支える。
 視線を移動させると、そこには制服姿の看守が立っていた。
「何をしている?」
 冷たい声が落ちてくる。
 黙り込んで居たら、今度は耳元で高い音がした。
 ぐらりと視界が傾き、痛みが激しさを増す。
「……すいません、戻ります……」
 毎日毎日、こんなだ。
 もう、痣を作る場所もないよと、心の中で呟く。
 さっきの少女は、どうしただろうか。
 もしかして、僕のこんな汚い姿を、どこかから見ているだろうか。
 僕は何故か、彼女にだけはこんな姿を見られたくないと思った。


 翌日も、その次の日も。
 彼女はいつも、柵の向こうからこちらを見ている。
 ある日僕は、そんな彼女に手紙を書いた。
 ただ、手渡しは出来ないから。
 どうか届いてくれと願いながら、紙飛行機を折る。

「どうか、彼女の元へ……」

 それから、看守に気付かれません様に。
 名前も知らない君に、なんで僕は手紙を書いたのだろうか。
 今日も君は、柵の外。
 僕と君がこの壁を越えて会うことは、お互い一生ないだろう。


「飛んでけ……――」


 ただ、君と話してみたかった。
 僕は僕の全てを託して、紙飛行機を放った。

 二人の壁を越えて。

 トンデケ。

 少しの間宙を泳いだ紙飛行機は、静かに彼女の足元に落ちた。
 彼女がそれを、広い上げる。
「君に」
 短くそう言って、僕はその場を離れる。
 暫くこちらを見ていた彼女も、いつの間にか消えていた。


 次の日も、僕は彼女を待つ。
 来る保証はない。
 すでに何度も、看守には見つかっている。
 日に日に増えていく痣に、体が重たい。
 ……それでも、君に会うためならば。
 この重たい体を引きずってでも、君に会いたい。
 ふと、視界の端を白い物が通過した


 ――紙飛行機。


 柵の外を見ると、君が笑っていた。
「やっと……話せたね」
 僕も、彼女に笑いかける。
 頬が痛い。



『怪我が、痛そうだわ。大丈夫?』

 少女の手紙は、とても繊細な字で綴られていた。
『いつも会ってくれて、ありがとう』
 部屋の中、手紙を見ながら。
 僕は彼女の笑顔を、思い浮かべる。
 自然と、僕も笑顔になれた。
『いつか、きっと外に出られるわ。そうしたら、絶対にお話ししましょうね』
 手紙に書かれた文字に、温かい気持ちになる。
 幸せだと、思った。
「……僕も、君と話しをしたいよ」
 手紙を胸に抱えると、僕は呟いた。
 外に、出られるなんて。
 嘘だって、知ってる。

 けれども。

 君がそういうなら、もしかしたらもあるのじゃないかと。
 本当に、僕はここから出られて君に会えるのではないかと。
 君の言うことは全て、本当になる気がした。





NEXT


Back